トップ  >  実践経営倫理塾 不祥事防止のツボ 第2回 日常業務に潜む意外な落とし穴?ワナに注意!
実践経営倫理塾 不祥事防止のツボ

経営倫理実践研究センター上席研究員
関東学院大学経済学部教授
小山 嚴也

第2回 日常業務に潜む意外な落とし穴?ワナに注意!

 企業不祥事が起こると、マスコミは「利益優先で安全性を軽視した」「企業体質の問題だ」などといった論調で世論を煽る。しかし、個々の不祥事を詳細に調査してみると、本当の原因は別の所にあることが多い。日常業務に潜む落とし穴、ワナが沢山あるということだ。その1つをここでは紹介しよう。それは、「もったいないのワナ」だ。

 2000年におきた「雪印乳業集団食中毒事件」は忘れることの出来ない企業不祥事の1つである。しかし、この不祥事の本当の原因は意外に知られていない。

 事件そのものは、大阪工場で製造された低脂肪乳等による食中毒事件である。だが、実は、低脂肪乳等の原料となった北海道・大樹工場製の脱脂粉乳の汚染がその原因だ。なぜ、大樹工場製の脱脂粉乳は汚染された状態で出荷されてしまったのであろうか?

 大樹工場では2000年3月31日に予期せざる長時間の停電に見舞われた。その結果、脱脂粉乳の製造ラインで原料となる牛乳が冷却されずに長時間放置された。その間、牛乳の中では、黄色ブドウ球菌が増殖し、その過程で食中毒の原因となる毒素のエンテロトキシンが産生された。ちなみに、食中毒はエンテロトキシンの摂取によって発症する。

 その後、ラインおよび原料乳が汚染されているとの認識なく、脱脂粉乳が製造された。この脱脂粉乳は、出荷検査で細菌数が社内基準を大幅に上回っていたので、出荷されてはいない。ただ、不思議なことに、不合格となった脱脂粉乳は廃棄されることなく、溶解されて、新たに製造する脱脂粉乳の原料として利用されている。なぜ、不合格となった脱脂粉乳は再利用されたのだろうか?

 われわれが現地で数回にわたってヒアリングしたところ、北海道の工場では「白いものを床に流すな!もったいない!!」という教えが徹底されていることがわかった。これは、酪農家が苦労して搾った牛乳を粗末にするなという教えである。ヒアリング時、「米粒を茶碗に残すな!と同じ感覚ですよ」と工場の人たちは語っている。その考え方を否定する者はいないだろう。

 いくら「もったいなく」ても、不衛生なものを出荷するのは非倫理的である。また、仮にも業界トップの雪印乳業において、そのような安全意識で製品が作られていたとは考えにくい。実は、社内の報告書にも明記されているが、雪印乳業の現場には「殺菌神話」が存在していた。「熱殺菌し、しっかり検査をした上で、細菌が残留していないのを確認すれば大丈夫だ!」というものである。「もったいないから捨てられない」と「殺菌すれば安全だ」が組み合わさったときに、不合格品の再利用が行われたのである。結果として2度の殺菌工程を経た脱脂粉乳は、残留していた細菌も減少し、社内出荷、国の基準を満たし、大阪工場に出荷されることになった(図表2)。残念ながら、この時、食中毒の真の原因となる毒素のエンテロトキシンの存在は忘れられていた。また、エントロトキシンは熱をかけても活性を失うことはない。したがって、エンテロトキシンが残存したまま、脱脂粉乳は出荷されてしまったのである。なお、事件当時、さらに現在においても、国の基準ではエンテロトキシンの検査は定められていない。

 雪印乳業(現雪印メグミルク)の名誉のために補足しておく。事件当時、牛乳中から少量のエンテロトキシンを検出する方法は確立されていなかった。事件をきっかけに、大阪府公衆衛生研究所がその標準検査方法を編み出したのである。また、仮に、検査方法が確立していたとしても、事件を防げなかった可能性が高い。問題となった低脂肪乳等に含まれていたエンテロトキシンは微量であり、当時の「教科書」に記されていた基準値を下回っていたからである。

 ことほど左様に、多くの企業不祥事は、いくつかの偶然が重なり合って引き起こされるものだ。まさに、明日は我が身、である。

図表2 不合格となった脱脂粉乳の再利用
不合格となった脱脂粉乳の再利用

出所:谷口勇仁・小山嚴也「雪印乳業集団食中毒事件の新たな解釈?汚染脱脂粉乳製造・出荷プロセスの分析?」『組織科学』第41巻第1号,白桃書房に加筆.



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