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実践経営倫理塾 経営にどこまで倫理を求めるべきか

経営倫理実践研究センター フェロー
上智大学文学部哲学科講師
勝西 良典

第2回  経営の論理は倫理的要求と対立するのか(その1)


経営の論理を利己的なものと見なすロジック

 東西冷戦期、共産主義・社会主義陣営と資本主義・自由主義経済陣営が対立していたときに登場したミルトン・フリードマンは、『ニューヨーク・タイムズ・マガジン』1970年9月13日号に「ビジネスの社会的責任とはその利潤を増やすことである」という記事を書いた。これ以降、株主利益および企業利潤の最大化を経営の目的とするストックホルダー・アプローチ(ストックホルダー理論)が確立される。その内容は、企業は株主(オーナー)に対してのみ受託義務を負うのであり、自由競争のルール(詐欺や欺瞞の排除など)を遵守しながら、株主利益の最大化を目指すべく、金儲けに勤しむべしというものである。

 このような考え方は、「売り手よし、買い手よし、世間よし」の「三方よし」の精神も息づいている日本企業からすると受け容れにくいかも知れない。しかし、国際的競争の波にさらされる中で、終身雇用、年功序列、企業別労働組合という三本柱のうち、前の二つが崩れ(かけ)ている現在にあっては、財務面の健全化ないし健全性の維持は、株価の変動とのからみもあって、鍵となる指標であろう。そこでは、ひとりひとりの従業員は人材という抽象概念でもって顧みられるだけであり、買い手も、マーケティングの分析データとして扱われがちになっている。もちろんこのことは株主に対しても言えて、株価の上昇下落の観点だけに拘束される「投機家」という存在に格下げされる。

 このような視点から企業活動を眺めてみると、社会的責任や環境責任も、財務管理的な手法で監査されていることがわかるだろう。「トリプル・ボトムライン」という呼称は、そのことを如実に表している。企業の(財務管理型の)ガバナンスのなかに社会的責任や環境責任も組み込まれるということは、社会のサステイナビリティと環境のサステイナビリティが企業のサステイナビリティに従属することでもある。すなわち、企業の環境適応戦略(生き残りのシナジー)のなかに他の価値(社会的価値や環境価値)が組み込まれるのだと理解することもできるのである。だとすると、企業は結局、自分自身の存続こそを第一義的に求めているのだと表現することは、それほど的外れとは言えないだろう。

 そうだとすると、企業の経営の論理はあくまで自己保存の論理であり、そのかぎりにおいて、利己主義的な論理だと見なせることになる(「情けは人のためならず」)。企業が社会的責任や環境責任を問題にするのはあくまで自己の利益に適っているかぎりであり、この私益を最終的には財務ベースの安定に結びつけねばならない以上、企業はこうした責任を広い意味での「利潤」という観点で査定せざるを得ない。こうした経営の論理を「金儲け」と名指されることに抵抗を覚える経営者も多いだろうが、こうした全体を「金儲け」と呼ぶように要求するのがフリードマン主義である。

 フリードマン主義に立てば、すべての慈善事業は、その目的が「慈善」であるかぎり、背信行為として否定される。なぜなら、こうした事業は株主に対する受託義務違反となるからである。もし慈善事業をやりたければ、配当なり給料なりを得た個人が篤志家として実践すればよいのであり、企業の利潤追求活動は、配当なり給料の上昇というかたちで、間接的・結果的に、個人の意思の実現を下支えするだろう。これを裏側から見れば、慈善事業に金をかけている経営者は、本来株主に行くべき配当や、従業員に行くべき給料や、もう少し安く売れるはずの商品を高く買わせることによって客の家計をちょろまかしているのである。

 逆に、慈善事業の目的が「金儲け」だとすれば、フリードマン主義者はその事業を検討の対象とするだろう。しかし、「金儲け」を目的とした「慈善事業」は、この立場においては、最終的に二つの観点から斥けられる。一つは、こうした「慈善事業」が本当に儲けにつながっているかどうかの判定がきわめて困難だということが挙げられる。コーズ・マーケティング(cause marketing; CM)ないし、コーズ・リレイティッド・マーケティング(cause-related marketing; CRM)、コーズ・ブランディング(cause branding; CB)という手法の合理性は証明がむずかしく、他の手法で「金儲け」を目指した方が効率的な場合も多いのである。もう一つは、「金儲け」を目的とした事業に「慈善事業」というレッテルを貼るのは詐欺と行為ではないのかという疑惑である。詐欺は言い過ぎにしても、不純な偽善的行為だという誹りは免れえないかも知れない。

 こうして、フリードマンの立場に立てば、企業は私的な利潤追求をしていればよいのであり、公益実現の義務は、個人の自由を基盤とする代議制を敷く民主政府が担うことになる。そうではなく、すべての行動に公益の観点からの規制を要求するならば、すなわち、企業の経営の論理に公益的観点を優先させるなら、それは社会主義となってしまうのである。公益実現は別のチャンネルで、民主的な合意によって実現されるべきであり、ビジネスがそこで展開する市場の合理性は、合理的な利害関係者(ステイクホルダー)の自由な合意によって実現する、というのがフリードマンの見立てである。

 このように考えると、経済的な公益は、自由市場における個々の企業の合理的な私的利潤追求の結果、「見えざる手」が働いて、実現することになるだろう。そのかぎりにおいて、合理的な利己主義者の経営の論理を貫くことが正しいのであり、経営の論理を利己的なものと見なすロジックは称賛されるべきものだということになるのである。

 われわれはついつい利他的なことこそ倫理的で、社会貢献活動こそ道徳的に称賛されるべきだと考え、ビジネスはたんなる利己的な私的利潤追求ではないと言い出したくなる。その気持ちはわかるが、それはあくまで偽善ですよ、というのが、フリードマンの立場である。はたしてこの考えに納得できるだろうか? やはり、「持続可能な資本主義」は、経済合理性を超えた理念に支えられていると言うべきなのか?

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予告では1回で済ます予定だった第2回の内容を、数回に分けて展開することになりました。あしからず、ご了承ください。


勝西良典氏 勝西 良典(カツニシ ヨシノリ)先生 プロフィール
 経営倫理実践研究センターフェロー
 上智大学文学部哲学科(キリスト教人間学)・講師
略歴 2003年3月 上智大学大学院哲学研究科哲学専攻博士後期課程単位取得退学
2004年4月 上智大学文学部哲学科・助手(〜2007年3月)
2006年4月 東京学芸大学非常勤・講師(〜2007年3月)
         拓殖大学国際学部・非常勤講師(〜2009年3月)
         東北公益文科大学公益総合研究所・学外研究員(〜現職)
2007年4月 上智大学文学部哲学科・非常勤講師(〜2009年3月)
         麗澤大学経済学部・非常勤講師(〜2009年3月)
2008年4月 横浜市立大学国際総合科学部・非常勤講師(〜2009年3月)
2009年4月 上智大学文学部哲学科(キリスト教人間学)・講師(〜現職)
         青山学院大学総合文化政策学部・非常勤講師(〜現職)
2010年4月 国士舘大学・非常勤講師(〜現職)

主な研究領域:

ビジネス倫理学、企業の社会的責任論
哲学、倫理学、思想史
近現代ドイツ哲学
哲学的人間学、応用倫理学
過去の講演テーマ: BERC:高い倫理観を持つとはいかなることか
BERC:生きることをあきらめない倫理
産学協同:企業活動の自足性―CSRとコーポレート・シチズンシップの基盤構築のために
大学生:働くことの意味
介護:ケアの倫理と正義の倫理
主要著書: 『ビジネス倫理学』共著、晃洋書房
『経営倫理用語辞典』項目執筆、白桃書房
『利益につながるビジネス倫理―カントと経営学の架け橋』共監訳、晃洋書房
その他: 経営倫理実践研究センター(BERC)フェローとして、2009年度より、ケース部会(アドバンスト・コース)(梅津主席研究員主催:2009)、教育の啓発・研修ツール研究会(梅津主席研究員主催:2009〜現在)、ケース部会(ベーシック・コース)(星野主任研究員主催:2010〜現在)にかかわる
所属学会・研究会:日本経営倫理学会、日本哲学会、日本倫理学会、日本カント協会、日本フィヒテ協会(事務局幹事)、カント研究会(世話人)
メッセージ: ビジネスに対して(過度に)倫理を求めるべきではないという声も聞かれますが、それはある意味真っ当なご意見だと思います。しかし、ビジネスが生きることの根幹に位置づけられるものであり、生きることが生き物の義務なのだとすれば、ビジネス活動を持続可能な仕方で経営することは、倫理的に要求される責務ですらあるでしょう。くだらない「キレイゴト」の「リンリ」に煩わされることなく、ビジネス・経営のあるべき姿・かたちを一緒に探し求めていく勇気を持ちませんか?

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