「アベノミクス効果にドライブをかける」
いま、アベノミクスで急激な円高の是正と株高が進んでいます。失われた20年といわれた日本経済の長いデフレ不況。やっと逆境から脱出の兆しが見え始めました。
日本企業にとってはアベノミクスによる成長戦略は願ってもないチャンスです。幕末の志士、坂本竜馬の「船中8策」にちなみ、名づけて「逆境7策」。さあ、改革に向けた船出のときがきました。
船を動かすには強力なパワー、すなわち現場社員のエネルギーが必要です。それが、製品、マーケティング、組織、企業文化など様々なエネルギーをうむ原動力となり、最終的には企業自身のイノベーションにつながります。
経営革新でよくいわれるのがイノベーションの重要性。これまでもCS(顧客満足)、ES(従業員満足)、そして双方とも包含したCSR(企業の社会的責任)が企業を変える、社会を変える源泉と言われています。現在はこれに加えてCSV(共益の創造)も注目を集めています。
このシリーズでは、企業の持続可能な発展に結びつくことをねらいとして、上記のイノベーションを7つの方向から分析し、今後の改革のヒントを提供するものです。
まずは現場からの改革の話をしてみたいと思います。
「現場で学んだ、どん底からの脱出」
いま、失われた20年を振り返りますと、こんな現象が多く見られました。人間というのは不思議な生き物で、こうした逆境に直面すると「焦り」と「不安」ばかりが大きくなってきます。
会社の中では時としてそのマイナス面が増幅され、経営トップや上司は社員にサービス残業を強い、無理難題な目標を押しつける――こんな光景が見られがちになります。
挙句の果ては権力や地位を利用した嫌がらせ、いわゆる「パワーハラスメント」のようなことさえ横行するようになります。
一つの例をお話しましょう。かつて私がコンサルティングにはいった会社(仮にA社としておきましょう)も、業績不振による逆境に苦しんでいました。
事情を聞き始めると、社長が業績回復を焦るあまり、独裁者よろしく連日連夜にわたって社員を追い詰めている状況がすぐに浮かび上がってきました。社長は社内で怒鳴りっぱなし、営業マンは夜中の12時、1時まで得意先回りをさせられ、その後には会議が開かれ、会社を出るのは午前3時、4時というのも珍しくない状態でした。その会議を社員たちは「暁の販売会議」と呼んで恐れていました。
当然、A社の社員はピリピリ、おどおどとしており、職場に活気があるわけがありません。社長から怒鳴られないように、仕事もただ言われたことだけを嫌々やっている状態でした。働いている時間は長いものの、これでは結果を出せなくて当然です。逆境を乗り越えられるわけがなく、逆にずぶずぶと逆境の深みにはまるばかりの状態でした。
それを建て直すことが私の使命だったのですが、まずやったことは若手の社員を集めて「経営改革委員会」を立ち上げることでした。「どうすれば改革できるのか」を現場で働く社員たちに議論させたのです。
社員たちからは、さまざまな改革案が出されました。どれもこれも実行可能な前向きな提案ばかりです。誰もが逆境に立ち向かう意思はあったのですが、それを発揮できる「場」がなかっただけのことだったのです。
改革委員会での議論をもとに再生案をつくって実行し、そして社長には交代してもらいました。変わろうとしている組織にとって、自らは変わろうとせず権力と地位だけを振り回すような存在は邪魔でしかなかったからです。
ほどなく、A社は逆境から脱出することができました。
「いつもと違った発想で」
私は、資生堂で29年間にわたってサラリーマン生活を経験しました。そのうち13年間は、役員や管理職の教育訓練、取引先の教育に携わりました。そうした経験から、会社が逆境に立ち向かうために必要な多くのことに気づかされました。
組織を改革するのに必要なことは何か、現場では何に一番注意していればいいのか、上司と部下のコミュニケーションを良好にする秘訣は何か......。私は、これらのことをすべて実際のビジネスの現場から学んできました。
会社が逆境に陥ったとき、それを克服するためにとりわけ必要なことは、それまでとは発想を変えてビジネスに臨まなければいけないということです。
1999年に資生堂を退社してから私は駿河台大学へ移り、研究と未来を担う学生の指導にあたるようになりました。東京工業大学大学院、立教大学の大学院や専修大学、そして2013年からは東洋大学でも学生や大学院生の指導にあたっています。
発想を変えることで、私自身にも一つ面白い体験があります。
私の大学は西武線の沿線にありますので、帰りに所沢にあるプロ野球の西武ライオンズのホームグラウンド「西武ドーム」へいくことがあります。
私はセリーグでは大のトラキチで阪神ファンですが、パリーグではもちろんライオンズフアンです。
トラとライオンが戦うときはどちらを応援しようかと悩みもしますが・・・。
ライオンズの試合では西武ドームはライオンズの応援一色になりますが、試合を見ていて私は「おかしい」と疑問に思うことがありました。
「お客様はだれ?」
高校野球などでは7回になると、それぞれの応援団が自分の側のチームが攻撃する前に応援歌を歌ったりするなどして応援合戦をするのが慣例です。
同じように西武ドームの場合も、7回の裏、ホームチームであるライオンズの攻撃の前に、ライオンズの応援歌「吠えろ、ライオンズ」が流れ、応援団とフアンが一体になって応援を繰り広げます。
しかし、その前の7回表の相手チームの攻撃が始まる際には、応援団の演奏と歌で盛り上がるのですが、それでも相手方の「応援歌」自体はスピーカーでは場内に放送されません。
どうして、それぞれの応援歌を流さないのでしょう。周りに聞いても、「以前からそうですよ......」というばかりです。調べてみると他の球場でもほとんどそうでした。
私が感じた違和感はどんどん膨らんでいきました。試合を観戦しにドームにやってくるのは、ライオンズのファンばかりではありません。
相手チームのファンも大勢やってきます。球場にとっては、ライオンズファンも相手チームのファンも両方とも大切なお客様です。
だとするなら、ホームチームであるライオンズファンの方が数が多くなるのは致し方ないにしても、ライオンズの応援一辺倒になることに対して球場側がそれに加担するような印象を与えるのは、お客様に対して失礼なことではないか、と思ったのです。
「真実の顧客満足をめざして」
ある時、西武ホールディングスの社長と雑談している時にそのことを話し、「7回の表に相手チームの応援歌を流してはどうか」と提案しました。社長はすぐに私の提案を実行に移してくれ、今では7回の表裏にそれぞれのチームの応援歌が流れます。
例えば交流戦で読売巨人軍が対戦相手なら、巨人軍の応援歌「闘魂込めて」が西武ドームに流れるわけです。巨人ファンにとっては嬉しいサービスで、「西武ドームなら応援に行こう」という気になってもらえます。球場側としては観客が増え、業績アップにつながるわけです。
ほんのささいなことですが、今までの慣例にとらわれていたら出てこない発想で、私が西武ドームの「素人」的立場だったので気づいたわけです。そして、そのささいなことが逆境を克服し、ビジネスを成長させる大きなきっかけにつながる可能性があるのです。
同じような気持ちで神宮球場へ応援に行くのですが、やはり、7回表には「六甲おろし」はかからなく、さびしい気持ちです。
そのぶん負けてはなるものかと一生懸命に「六甲おろし」を歌います。神宮球場も早く相手チームの応援歌もかけて欲しいと願っています。それが神宮球場の顧客満足だからなのです。
さて、このように発想を変えて会社をゼロベースで眺めると、改革すべきことがおのずと明らかになってきます。
そのことをまとめて次月から書いてみたいとおもいます。ご期待ください。
参考文献
水尾順一著『逆境経営 7つの法則』朝日新聞出版、2009年
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