●人が育てば、企業も育つ
人の採用にあたって企業は、?即戦力?を求める傾向が強くなっています。ちょっと前まで、「人は採用してから教育し、育てていくもの」というのを日本企業は基本にしていました。
学校を卒業したばかりの若い人材を採用し、じっくり役に立つ人間に育てあげ、そして会社の原動力になってもらうのが普通だったのです。だからこそ、日本の大学生はのんびりした学生時代を過ごしてきた、ともいえます。 企業で働くためのスキルは、入社してから、その企業で役に立つように学べるので、学生時代は勉強に専念すること。むしろ、「余計なことはやらないで、真っ白な状態で入社してきてください」というのが企業側の姿勢でした。真っ白のほうが、その企業に染めやすいからです。
ところが最近は、即戦力です。教育の過程を省いて、すぐに業績につながるような人材が欲しい、というわけです。教育にかかるコストを節約できますから、それに越したことはないのです。 じっくり教育しても、一人前になったころに辞められては元も子もないので、それなら最初から使える人材がいいわけです。
しかし問題は、即戦力といえる人材がどれほどいるか、なのです。きのう入社したばかりなのに今日は5台も売ってくるクルマのセールスマンは、なかなかいません。
そういう人材は間違いなく即戦力ではあるのですが、ざらにいるものではありません。「企業は人の器以上に大きくならない」という言葉があります。人が育てば、会社も育つのです。「100年の計は教育にあり」とはよくいったものです。
写真:水尾ゼミの学生たちが高校生にチームマイナス6%の授業をする様子。高校生はもちろんのこと、ゼミ生自らの成長にもつながっている。
●育てる余裕がなくなった?
そうした理想と現実の乖離で何が起きるかといえば、「社内教育の不在」です。教育しなくても即戦力になるはず、と勝手に企業は思い込んで(まったくの思いこみでしかないのですが)、教育を怠るわけです。
「そんなことはない」と企業側から反論があるかもしれませんが、無意識に、そう思い込む企業があります。だから、教育に力をいれなくなります。
とくに逆境で経営が厳しくなると教育・訓練費を削減するなどその典型です。コストもかかりませんから、企業には楽なわけです。
その結果、社員は、じゅうぶんな教育を受けていないためノウハウを身につけていないのに、即戦力を期待されることになります。
即戦力ですから結果を求められるのです。かなりの無理をするしかありません。無理してどうにかなっているうちはいいかもしれませんが、無理しても結果とむすびつかなくなり、そうなると上からは怒鳴られ、結果をだせない自分を責めるようにもなる。
教育もしなければ、考える余裕も社員に与えない企業は、確実に、自らの成長の芽を、自らの手でつぶしてしまっているのです。
●社員の「考動力」を育てる
前回書いた「考動力」の醸成には、自由度が高い、イキイキ風土が重要です。ここでその実践企業を紹介しましょう。いわずもがなですが人を育てることで企業も成長します。企業は社員の成長とともに発展するのです。
北海道にあるアイワードという印刷会社は、2012年度正社員は230名弱の会社ですが、同3月期で年商42億円、毎年堅実な成長を続けています。そこには社長が「社員共育」という経営政策を掲げています。
この意味は「会社は社員とともに育む」という意味で、会社と社員が一体になった経営を進めています。
社員の日報から選ばれた内容をもとに、毎週4回社内報を発行し、社内の情報共有が図られています。当然のことながら、社内のコミュニケーションもよくとれています。
写真 アイワードで週4回発行する社内報
社員の自発性を重視し、「自ら考え行動できる力」のある社員を育成しています。もちろん男女共同参画で男も女も同じ社員としてその能力を引出しているのです。
だからこそ、全社員の3割が女性で、しかも多くの女性が結婚後も働き続け、取締役会11名中4名が女性役員で、部長職も2名の女性が就任しています。
これらの活動の成果としてこれまで「男女平等参画チャレンジ賞」や「輝く北のチャレンジ支援賞」として表彰され、さらには「北海道エクセレントカンパニー 優秀賞」も受賞しているのです。
●パワハラ・リーダーは時代の遺物
就業時間はたいてい8時間と決められているので、1日の3分の1は会社で過ごすことになります。残業をいれれば、かなりの時間を会社にいることになるのです。
にもかかわらず、「職場の雰囲気が暗い」となると、これは最悪です。その職場の雰囲気を左右しているのが上司の存在なのです。
筆者も資生堂で29年間会社勤めをしていましたが、ただ怒鳴るだけで書類を突き返すような上司のもとでは仕事をしたくないと思ったものです。資生堂に限らず、当時はそのようなリーダーがどこの会社にもいたはずです。
ある仲間がこういっていました。「仕事は嫌いではないんだけど、そんな上司にあたっただけで仕事はつまらなくなるし、出勤するのさえ苦痛になるよ」と。
そんな経験から大学に入って研究している中でつぎのような面白い(と本人は自負していますが・・)言葉をつくりました。
「怒鳴り、指示なし、突き返し、見ない、丸投げ、無関心」
これこそ、部下から嫌われる上司の典型ですね。いまであればパワーハラスメント(いわゆるパワハラの権化みたいな人です。
そんな上司は嫌われるだけでなく、部下の才能をつぶし、ひいては、企業の成長さえも阻害してしまっている。彼には早々に交代してもらったほうが、企業のためです。
●ユーモア川柳で商品開発の小林製薬
大阪に本社をおく小林製薬は、そうした企業文化をつくる努力をしてきています。 たとえば、「?あったらいいな?をカタチにする日めくりカレンダー」です。「?あったらいいな?をカタチにする」は、同社の製品開発における基本コンセプトになっています。
「あったらいいな」というものを製品化すれば、喜んでもらえる、つまり売れる、わけです。
熱があるときに額に冷たい濡れタオルをのせると気持ちよくて、熱も早くひきますが、寝返りをうったら落ちます。
額においたまま立ち上がることも、歩きまわるなんて無理です。歩きまわっても落ちない濡れタオルは、まさに「あったらいいな」でした。
それを冷却剤つきの粘着シートで実現したのが、大ヒット商品「熱さまシート」です。そういう製品を小林製薬は次々に製品化し、ヒットさせています。
そうした製品の開発コンセプトを題材にした川柳を社内から公募し、入選作を集めて日めくりカレンダーにしてしまったのが、「?あったらいいな?をカタチにする日めくりカレンダー」なのです。
その川柳を見ると、同社の、のびのびした企業文化が伝わってきます。
図表―小林製薬の日めくりカレンダー
資料提供:小林製薬広報部
●のびのびした企業文化
たとえば、2008年版に「チュー性脂肪 今年は減らすと絵馬に書き」(小林のびた作:仮称)というのがあります。
いわゆる脂肪太りで、特におなかに脂肪がたまりやすい人に向けて、脂肪の分解・燃焼を促す漢方薬「ナイシトール85」を小林製薬は販売していますが、これにまつわる川柳です。この年の干支であるネズミと中性脂肪にかけて「チュー性脂肪」、というわけです。
こうしたユーモアあふれる川柳の数々から、のびのびと、楽しんで仕事をしている小林製薬の社内の雰囲気が伝わってきます。
だからこそ、「あったらいいな」を次々とカタチにすることができ、小林製薬の成長につながっているのです。 そうした企業文化で成長を目指すため、小林製薬は日めくりカレンダーをつくるなど、努力しているのです。素晴らしい企業文化は、努力なしでは育たない、ということです。
●風通しの良い会社
このような企業文化を作り上げるには、思ったことが自由に言える風通しの良い会社でなくてはいけません。このような会社では、社員が活き活きと、そして伸び伸びとしています。
ただし、風通しの良さとは「ものが言える」ということだけではありません。お互いに相手のことを「受け入れる」ことも重要なのです。人を思う仕事というのは相手の立場になって考え、行動し、そして受け入れることで実現するのだと考えています。
たとえば、会社が考えていることや上司、同僚、部下達が考えていることがオープンなコミュニケーションでみんなが共有できる組織であることが大事なのです。
それが社員の夢の実現に向けて、全員が同じバスに乗り、共通のゴールに向かうことにもなります。
しかもこのように、「自由にものが言える雰囲気」と「受け入れる心の広さ」そして「みんなが考えていることが共有できること」この3つが一体になって始めて「風通しの良い職場」といえるのではないでしょうか。
風通しの良い会社、3つの条件 |
1.自由にものが言える雰囲気 |
2.受け入れる心の広さ |
3.みんなが考えていることが共有できる |
●オープン・コミュニケーションの試み
ある会社では、コミュニケーションをオープンにすることで、優れたチームワークを作り出し、多大な成果と貢献を生み出しています。
社員は役職で呼ばずに、相互にさん付けで呼び合い、自由に話し合い、リーダーは進んで部下に声をかけ、形式ばらない雰囲気づくりを促進しています。
具体的には以下のような取り組みがあります。
?歩き回りのマネジメント
リーダーは、自分の時間を計画的に捻出し、担当部門の現場を歩き回り、社員とのインフォーマルなコミュニケーションを大切にして、歩き回りながら気軽に声をかけています。 その意味は、社員が考えていること、悩んでいることなどを、リーダー自らが話しかけながらその場でオープンなコミュニケーションを図ることができるからです。
?オープンドアポリシー
これは常に社員みんなが心を開いて、相手の声に耳を傾けようと言う意味からはじめた制度です。 上司から部下だけではなく、同僚の間や、男女の間も垣根をなくして、相手を尊敬し、心を開いて相手を受け入れる姿勢を出そうということです。
したがって、部下から上司への相談は、直属上司は勿論のこと、直属以外の上司にも提起することができるシステムです。
社員がアイデアを共有し、困ったときに相談したり、自分の将来についても自由に相談できる人事的な制度としても有効に活用されています。
また、このような、オープンなコミュニケーションやオープンドアポリシーは社員だけでなく顧客との関係、下請け業者や販売先などパートナーや取引先と一体になった活動にも取り入れています。 多くの会社で問題になっているパワハラについてもこのような「風通しの良い職場」であれば、なくなっていくことでしょう。
企業の成長に必要なものは、社員が自分の仕事の意味を考えながら、納得しながら、精神的にのびのびと働ける環境をつくることこそが必要なのです。
参考文献
水尾順一『逆境経営 7つの法則』朝日新書2009年
取材協力
アイワード広報部:ホームページ<http://www.iword.co.jp/>
小林製薬広報部
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