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2013-02-26 |  アドバイザーコラム

第6回 法則その四:「他者を支援するサーバント・リーダーシップ」

●部下支援のリーダーシップ

1970年代にアメリカの経営学者、ロバート・グリーンリーフ氏が提唱したのが、「サーバント・リーダーシップ(servant leadership)」でした。直訳すれば、「奉仕のリーダー シップ」ということになりますが、マネジメントの現場では筆者は他者(部下、お客さま)を支援するリーダーシップと呼んでいます。「威張る」ことの対極にあるといっていいでしょう。

 グリーンリーフ氏がいうのは、リーダーが部下の成長のために何ができるかを常に考えながら行動するべきだ、ということでした。その行動のなかには、「権限委譲」ということもふくまれますが、あくまで部下の成長を考えてのことでなければいけません。

 自ら考え、自らの判断で行動ができる人間をめざす、筆者はこれを「考動力」と称しています。「考動力」のある人材を育成することこそが企業の持続可能な発展の原動力になります。部下が成長しなければ、当然、企業としての成長もありえないからです。

 このような組織は、現場の社員も顧客満足優先の活動に専念することができます。企業にとってもっとも大切な人は「顧客」であり、また「顧客」の満足をめざす現場の社員です。この考えに立てば、現場重視のマネジメントの重要性が良く理解できると思います。

 具体的に図で書けば以下のような、逆三角形のピラミッド組織がサーバント・リーダーシップの活動となります。

サーバント(他者を支援する)・リーダーシップ
 出所:筆者作成

 では、実際にサーバント・リーダーシップを実践する組織の事例をみてみましょう。

●お客に最も近い「現場」に、大幅な権限委譲

 筆者は資生堂在職のころ、九州全体を統括する「九州販売会社」で働いていた経験がありますが、そのとき社長だった下條修三氏も見事に「サーバント・リーダーシップ」を実践していました。

 その象徴が、大幅な権限委譲です。もちろん、必要なときには助言と支援を惜しまないのですが、基本的には部下にまかせていました。部下にしてみれば、いちいち上司の許可をとらずに自分の権限でいろいろと仕事ができるわけです。

 下條氏は権限委譲を大切にしましたが、それは現場が最もお客との接点に近いところであることと、彼らが仕事をしやすいようにという2点からです。

 決して単なる「仕事のマル投げ」ではありません。その証拠に販社の管轄エリアである九州全域の現場をくまなく回り、自分の目でみて、耳で確認しました。権限委譲をする際の判断材料にするためです。

 いわゆる現場・現実・現物の「三現主義」を重視したのです。

●「考動力」を身につけさせる

 一つの例を紹介しましょう。

 ある年の暑い夏のころ、鹿児島支店でのできごとです。

 当時、鹿児島は桜島が激しく噴火し黒い火山灰が降って、昼間から真っ暗でした。自動車はライトをつけて走り、道行く人は傘をささなければ歩けないといった状況でした(これは現場をみないと想像がつかないと思います)。

桜島が噴火する様子
桜島が噴火する様子:筆者撮影

 下條氏と私が鹿児島支店を訪問し、仕事の打ち合わせをしていた時のことです。

 ある社員が「この通り、毎日灰が降る状況で洗濯物が外に出せないんですよ・・・」と話しました。間髪をいれずに彼は、「それはとても困るね、どうすればいいか、是非みんなで考えてください」と答えたのです。

 (後で下條氏に聞くと、すぐさま「乾燥機」をつけようと思い浮かんだそうです。しかし、その場で彼が答えを出すのではなく、彼らに解をみつけさせようと考えたとのこと・・・)

 現場の状況を自分の目で見て、社員の声を聞いた彼は、社員が働きやすいようにするためにはどうすればいいか、しかも社員のアイデアを賞賛し、方向付けは明確に示したうえで、最終判断は現場に委ねて彼らに考えさせる。このときは現場からの声で乾燥機を社宅につけることにしました。

 この事例からもわかるように彼は現場の意見に耳を傾け、彼ら彼女たちが働きやすい職場を実現することに全力を注ぎました。

 販売促進策ももちろん同様です。本社の基本的理念に沿ってさえいれば、後は現場の鹿児島支店に大幅な権限委譲です。顧客に一番近いのはなんといっても「現場」だからなのです。

 社員自らがどうすればいいか考え、そして進んで行動に移す力(筆者はこれを「考動力」と呼んでいます)を身につけさせることが必要です。上司が指示をしてくれるのを待つ、いわゆる「指示待ち人間」の組織では組織の活力は生まれません。その考動力を身につけさせることがサーバント・リーダーシップの実践そのものです。

 また彼は、九州販売会社の社長方針の中に「成長を志向する」というメッセージを発信しました。下條は成長を志向する部下のために、サポート(支援)できることは何か、常に考え行動していたのです。

 たとえば業務においては大幅な権限委譲(当然のことだが責任も明確にした)を行いつつ、必要なときには助言と側面的な支援を行い、部下の成長を促進しました。また業務終了後は部下の成長を願って、英会話教室を開き、自らその先頭に立って学びました。

その販売会社には活力がみなぎり、風通しのよいオープンなコミュニケーションが図られ、取引先やお客からも好感を持って受けいれられたのです。その結果、当時、全国一といわれるほどの好業績を残していたことはいうまでもありません。

●過去の成功体験にこだわらない

上司のことばかり気にしている人を、上ばかり見ているヒラメにたとえて(構造上、そういう目なのでヒラメには気の毒ですが)、「ヒラメ人間」と呼んだりします。肝心の現場をみていないのですから、良い仕事ができるわけがありません。

 上ばかり気にして、ついには上のいうことしかやらなくなれば、それはそれで楽なのかもしれませんが、楽しくもないはずです。成長もしません。そんな社員ばかりいる企業が成長できるわけもありません。

 逆境になれば、それまでの上司の経験が役に立たなくなってしまいます。過去の経験で通用するのなら、業績が悪化するはずがないからです。

 経済環境なのか、その企業個別の問題なのかの違いもありますが、過去の成功経験が通用しなくなることで逆境におかれるのです。そんな逆境に立ち向かうのに、破綻してしまった過去の経験にすがるのは、おろかな対応としかいいようがありません。

 上司である人が、過去の経験を捨て去って新しい発想ができるならいいのですが、なかなかそうはいきません。なぜなら、今のポジションを獲得したのは過去の経験の結果でしかないからです。その成功体験を捨てるのは極めて難しいといえます。

 そうすると上司は、過去の体験を部下に押しつけたがるのです。部下がヒラメ人間ばかりだと、その押しつけを受け入れてしまう。それが通用しなくなっていることに疑問をもてればいいのですが、ヒラメ人間に慣れてしまうと、疑問でさえも浮かばなくなってしまう。

 それで上司の指示に頼り、通用しなくなった上司の経験を再現しようとするのですから、うまくいかない。仕事の量だけが増え、そのストレスは大きくなるばかりなのに、肝心の結果がでない、ということになってしまうのです。

●ヒラメ人間からの脱却

 逆境のときに必要なのは、新しい発想です。それには、自分で考えられる人間が多ければ多いほどいい。ヒラメ人間が少なければ少ないほどいいわけです。

 「考動力」があり、自分で考え、行動できる「ヒラメ人間ではない人材」を増やすためには、そういう仕事ができる環境を整えることこそが大事になってきます。「ヒラメ人間になるな」と口でいってみても、もう、それ自体が押しつけですから、言っていることとしていることが矛盾していることになります。

 自分で考えて行動できる人材の育成には、環境そのものを整えるしかない。その最高の環境こそが、「サーバント・リーダーシップ」を上司が発揮している環境なのです。

 上司が経験を押しつけるのではなく、部下が自分自身で考えて行動することをサポートしていけば、そこから部下なりの新しい発想が生まれてきます。

 たとえ逆境に陥っても、そこから脱却する方法を社員の一人ひとりが自分なりに考えるので、多くの新しい発想が生まれ、それが成功へとつながります。逆境脱却の方法は一つとは限らないので、そのための発想は多ければ多いほどいいわけです。

 そうした発想ができる社員を育てている企業は逆境に強い、といえます。逆に、ヒラメ人間ばかり育てているような企業は、逆境に非常に弱い体質になっているわけです。

 逆境に強い企業体質を築くためにも、「サーバント・リーダーシップ」を社内の仕組みとして徹底させることが、企業に求められています。

●顧客満足とサーバント・リーダーシップ

 サーバント・リーダーシップは、部下を成長させ、逆境に強い企業体質をつくりあげるためだけに必要なのではありません。前回「法則その3」で説明した「顧客満足」とも密接な関係があります。顧客満足度を上げるために必要な心構えこそが、他を支援することを重視するという「サーバント・リーダーシップ」だからです。

 「部下に対する支援」を「顧客に対する支援」と置き換えてみれば理解しやすいとおもいます。顧客満足に専念すれば、その顧客は次もやってきます。また、口コミで何人もの顧客に足を運ばせる役割を担ってくれます。だからこそ、顧客満足は重要なことなのです。

 そのためには、「顧客のためになる」ことを優先しなければいけません。まさに、サーバント・リーダーシップの考え方そのものなのです。部下を支援するように、顧客を支援するわけです。それによって、そのときの売上だけでなく、将来的な売上にもつながっていきます。

●顧客満足で「ノーといわないサービス」

 アメリカに、「ノードストローム」という百貨店があります。北西部のシアトルにあった靴屋からスタートした百貨店ですが、「ノーといわないサービス」で有名です。

 顧客の要求に対して「ノ(No)ー」といわずに、何らかのかたちで応える、というわけです。「イエス(Yes)」といって何もしないのでは「ほら吹き」に過ぎず、顧客満足どころか、顧客不満足の元凶となります。そうなっては元も子もないので、「何らかのかたちで応える」という「イエス」を実践しているのです。

1901年、シアトルで創業のノードストローム百貨店

写真
写真:筆者撮影

 ある年の8月に筆者の友人が、この百貨店を訪ねました。システム手帳を買うためです。そこで彼は、店員にいったそうです。

「やっぱりやめようかな。今年に入って8カ月が過ぎているし、スケジュール帳がムダになってしまうから」

 すると、その店員は、こう答えたそうです。

「そうですね。確かにシステム手帳というのは外のカバーや紙をお売りしているのではなく、中の機能を買っていただいているわけですからね。それでは、この名簿にお名前を書いておいていただけますか。来年のスケジュール帳のレフィル(用紙)が店に到着したら、お送りします」

 友人は、「ありがたい」と思う一方で疑ってみたそうです。個別の顧客のことを、しかも、そんな先のことを店員がいちいち覚えているわけがない、と思ったからです。そこで彼は、「でも、私の住所は日本ですよ」といったそうです。店員が引っ込みのつく理由を与えることで、自分も買わないで済む理由にしたいと考えたのです。すると、その店員は平然として答えたそうです。

「けっこうです。世界中のどこであっても、お送りします」

 そこまで言われては友人も半信半疑ながらも、納得しました。結局、システム手帳を購入し、自分の日本の住所も残してきました。これで来年のレフィルが後で届かなければ、「口車に乗せられちゃったよ」ということになる。その友人は二度とノードストロームで買い物をしないだろうし、その話を聞いた人たちはノードストロームに対して何らかの疑念をもつはずです。それはノードストロームにとって、間違いなく大きな損害となります。

 しかし、リフィルは届いたのです。友人が帰国して2カ月も過ぎたころに、来年のリフィルが友人の手元に送られてきたのです。それによって友人が購入したシステム手帳は、カバーとしてだけでなく、機能で友人をサポートする本来の役割をはたすという意味でも価値を上げることになりました。

 友人がノードストロームのファンになったことはいうまでもありません。この話を聞いた筆者も、もちろん、ファンになりました。この本を読んでいただいている読者のなかにも、この話で関心をもたれた方も少なくないと思います。ノードストロームにしてみれば、多額の費用をかけて広告したのと同じ、もしくは、それ以上の効果があったことになるはずです。

 それは、店員の1人が、「顧客のために」を優先させるサーバント・リーダーシップを発揮したからこそ得られたことです。売上という自分にとっての利益にとらわれず、このシステム手帳が顧客の役に立つにはどうしたらいいのか、を優先させた結果です。

 そうしたサーバント・リーダーシップを発揮できる店員は、このようなサービスを迅速に実行できるように権限を委譲している上司、または組織があったからこそ、存在していたわけです。

ノードストロームの「ノーといわないサービス」は、まさにサーバント・リーダーシップの実践を指しているといえます。そういう企業だからこそ、小さな靴屋からアメリカの5大百貨店(他の4つはシアーズ、J.C・ペニー、ヘクツ、メイシーズ)の一つにまで成長することができたのです。

参考文献
ベッツイ・A ・サンダース『サービスが伝説になるとき』ダイヤモンド社、1996年
水尾順一『逆境経営 7つの法則』朝日新書2009年

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