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2013-02-26 |  アドバイザーコラム

第5回 法則その三:「おもてなし」の顧客満足

日本の「おもてなし」が大ブレイク

 2020年といえば東京オリンピック。その決め手になったといわれているのが、ご存知のとおり、日本の「お・も・て・な・し」精神。

 そもそもの語源とされる「もてなし」は、「客に対する扱い」や「客にだすご馳走」のほかに、「人や物事に対する振る舞い方。態度。挙動」という意味があります(大辞林)。

 それに「お」をつけて丁寧にいっていることでもわかるように、最上の扱いや御馳走、そして最高の振る舞い、態度、挙動ということになります。

 企業目的は、経営学者のピーター・ドラッカーによれば「顧客の創造」といわれますが、その根底には顧客満足が重要であることはいうまでもありません。

 顧客満足とは、私はこのように考えています。

 企業と顧客がともに喜び、満足感を味わう、すなわち、「売って喜ぶ、買って喜ぶ」という、WIN-WIN(ウインーウイン:双方に利益がある)をもたらす概念です。

 そこで活躍するのが「おもてなし」です。つまり相手の気持ちをおもいやり、心がほっとするサービスがあるからこそ、顧客満足につながります。インターネットの時代であるからこそ、おもてなしが生きてくるのです。具体的に少し例をあげて説明しましょう。

1.日本旅館、伊豆長岡温泉「三養荘」のおもてなし

 いま、日本旅館が人気です。根強い温泉ブームのせいもありますが、おかみさんや仲居さんの温かみのあるサービスへの期待が大きいようです。日本旅館のサービスは、昔ながらの「おもてなし」という言葉に言い表されているといえます。

 もちろんホテルでも丁重なサービスを提供してくれるのですが、それとはひと味違う、日本らしい気配りのあるサービスが日本旅館にはあります。それが人気を呼んでいるのです。

 たとえば、伊豆長岡温泉にある「三養荘」という日本旅館は、特に「おもてなし」の精神を大切にしています。現在はプリンスホテルのグループですが、創設は三菱財閥の岩崎久彌氏(創設者・岩崎弥太郎氏の長男)で、その財閥の拡大に力をつくし1929年に建てた別邸です。

 4万2000坪もの壮大な敷地に配された日本庭園と瀟洒な和風建築物は、それだけでも贅沢な気分にひたれます。しかし、それ以上に顧客を惹きつけているのは、ここでの「おもてなし」なのです。

写真―1 おもてなしを大切にする、伊豆長岡の「三養荘」
おもてなしを大切にする、伊豆長岡の「三養荘」
写真提供:株式会社プリンスホテル広報室

靴の揃え方、浴衣の準備におもてなし

 出発のときに並べてくれる靴にさえ、「おもてなし」の心がゆきとどいています。玄関にそろえられる靴がきれいに磨かれているのはもちろん、男性の場合、右と左の靴の間が拳ひとつ分だけあけて置かれます。

 女性の場合は、それより少し狭い、拳(こぶし)半分くらいの間隔があけられて並べられます。普通なら左右がそろえられているところでしょうが、ここでは、わざと間隔があけられているのです。そのほうが、男性も女性も靴を履きやすいといいます。

 浴衣の出し方にも、ちょっとした工夫があります。初めての顧客には、サイズを訊いてから、ちょうどいいサイズのものがだされます。それだけではありません。

 過去に一度でも宿泊したことのある顧客なら、部屋にはいればピッタリの浴衣が準備されているのです。宿泊記録に、浴衣のサイズまでが残されているからできるわけです。

 記録が残されているのは浴衣のサイズだけではありません。食材の好き嫌い、その顧客がリクエストしたことまで、事細かに記録されています。それをもとにサービスがされるわけですから、ゆきとどいたものになるはずです。

お客様の気持ちを大切に

 もちろん、顧客がこのサービスに満足しないわけがありません。お客様の気持ちを大切にして、相手に気を配り、それを記録として残し、それを実践する、まさに「おもてなし」の心があるからです。その心がまえについて、当時の女将に訊くと次のような答が戻ってきました。

 「私自身も、お部屋の状況を確認するときは、お客様の目線で上座に座り、周囲を見わたします。この目線でなければ見えてこない部屋の汚れや傷もありますからね。掛け軸や生け花なども、お客様目線になってご用意するのが大切なんです。このお客様目線を、私だけでなく、旅館のスタッフみんなが実践し、しかも、お互いに相談し、問題提起することで、新たな改善につなげるようにしています」

 景気が悪くなってくると、働いている人にも余力がなくなり、気配りができなくなったりするものです。しかし、それでは、せっかくのお客様を逃してしまうことにもなりかねません。そうならないために、いつも以上の気配りが必要なのです。

 そして、「おもてなし」にはコストのかからないものが多いことも、今の時代向きといえます。経営が厳しくなれば特にコストを切りつめることを期待されますが、顧客の靴の間隔をあけてそろえたり、浴衣のサイズを小まめに訊いたりすることにコストはかかりません。

 それで顧客に満足してもらって、それが評判になれば、新たな顧客を呼ぶことにもなります。つまり、コストをかけずに業績を伸ばすことができるわけです。

 日本旅館だけではありません。ホスピタリティを重視するのはホテル業も同じです。

 また、小売業でも、製造業でも、「おもてなし」の心が顧客満足度を上げ、業績向上につながります。顧客満足の経営とは、「おもてなし」の心を実践する経営、ともいえます。

2.「ザ・リッツ・カールトン・ホテル」のホスピタリティ

 「ザ・リッツ・カールトン・ホテル」といえば、世界でも屈指のホテルチェーンです。日本でも「記念日を大切な方と過ごす場所」として選ばれ続けています。

 六本木の防衛省跡に建設され、六本木ヒルズとともに東京の名所として知られる東京ミッドタウンのなかにある「ザ・リッツ・カールトン東京」は、「記念日を大切な方と過ごす場所」を謳い、東京でも最高級クラスのホテルとして知られています。

 そのザ・リッツ・カールトン・ホテルを展開するザ・リッツ・カールトン・カンパニーは、1983年にアメリカのジョージア州アトランタ(有名な映画「風とともに去りぬ」の舞台になったところです)に誕生しました。

 それから20数年間で「世界のホテル地図を塗り替えた」といわれるほどの大躍進を遂げたのですが、その成長を支えたのは「ホスピタリティ」でした。

 ホスピタリティは、先述のとおり「思いやり」や「心からのおもてなし」という意味で、特にサービス業でよく使われる用語です。よく使われてはいても、その実践となると難しく、差が大きくでてしまいます。

 その点、ザ・リッツ・カールトン・ホテルは、他にはない最高のホスピタリティを実践してきたことで、その成功を手にしてきたのです。

クレドが基本のホスピタリティ

 同ホテルの従業員は、「クレド」というカードを常に携行することが求められています。クレドとは、信条・理念といった意味なのですが、ザ・リッツカールトン・ホテルの「信条」が記されています。そのカードには次のように書かれています。

 リッツ・カールトンはお客様への心のこもったおもてなしと快適さを提供することをもっとも大切な使命とこころえています。
 私たちは、お客様に心あたたまる、くつろいだそして洗練された雰囲気を常にお楽しみいただくために最高のパーソナル・サービスと施設を提供することをお約束します。
リッツ・カールトンでお客様が経験されるもの、それは感覚を満たすここちよさ、満ち足りた幸福感そしてお客様が言葉にされない願望やニーズをも先読みしておこたえするサービスの心です」

出所:「ザ・リッツ・カールトン・ホテル」ホームページより引用、筆者作成

 ただし、クレドをただ所持しているだけでは、もちろん顧客の満足が得られるわけがありません。顧客が心あたたまる雰囲気を楽しみ、満ち足りた幸福感を味わうためには、それを従業員が実践しなくてはなりません。

 それが実践されているからこそ、ザ・リッツ・カールトン・ホテルは世界のホテル地図を塗り替えることができたのです。

 とはいえ、もう一度、クルドの文章を読み返してもらえばわかることですが、具体的に「こうしろ」というマニュアルではありません。あくまでも「信条」ですから、従業員としての「心構え」が書いてあるだけです。

 これを具体的に実践していくのは、従業員の?センス?ということになります。その具体的な事例の一つを、『サービスを超える瞬間』(高野登著、かんき出版)は次のように紹介しています。

顧客の思い出づくりのホスピタリティ

 「あるお客から、『彼女に今夜プロポーズしたいので、砂浜のビーチチェアをひとつ残しておいてほしい』とビーチ係が頼まれた。彼は、ビーチチェアをひとつ残しておいたのはもちろんのこと(ここまでは誰でもできる)、そのほかに彼がとった行動が感動的だ。

 彼は、椅子以外にビーチテーブルを用意し、その前においた。机の上には、真っ白なテーブルクロスとお花、シャンパンを添えて・・・。しかも、プロポーズの際にひざまずいて男性のひさが砂で汚れないようタオルまで畳んでしいたのだ。またそのスタッフはタキシードに着替えて、手には白いクロスをかけ、カップルがくるのを待っていたという」

 顧客が頼んだのは、ビーチチェアを一つ残しておく、ということだけです。しかし、それを依頼された従業員は、テーブルに、テーブルクロス、花、シャンパンを用意し、自らも演出の道具となって準備を整えたのです。

 もちろん、それは、プロポーズのための最高の場を演出するためでした。そうしたところでプロポーズを受けた女性は最高に感動したことでしょう。

 それよりも、もっと感動したのは、男性のほうだったにちがいありません。自分の一言から、最高の演出をしてくれたホテルを、彼は決して忘れないでしょう。

 そんなプロポーズを受けた場所として、彼女の記憶からも消えることはないでしょう。2人にとっては、きっと「記念の場所」となったことでしょう。

 こうした感動を顧客に与えられたのは、ザ・リッツ・カールトン・ホテルの従業員がクレドを理解し、それを守るために気配りと実践を忘れなかったからにほかなりません。

 この事例からだけでもわかることは、ザ・リッツ・カールトン・ホテルが世界のホテル地図を塗り替えたのは、決して偶然ではなかったということです。

 それだけのことができる、クレドという大きなものを持っていたからに他なりません。顧客のことを常に思い、自らのクレドを大切にする、これこそ、ホスピタリティに必要なことなのです。

3.大をなすとも常に一商人

 松下幸之助氏の現場主義は、「信念」といっていいと思います。1935年、幸之助氏が40歳のとき、社員が心がけるべき基本内規として次の一条を定めています。

「松下電器が、将来如何に大をなすとも常に一商人なりとの観念を忘れず、従業員又其の店員たる事を自覚して、質実謙虚を旨として業務に処すること」(ひらがな部分は原文ではカタカナ)

 大企業になればなるほど、中にはふんぞりかえる社員もでてきます。自分が接する相手が「お客様」であることを忘れ、「与える側」であるかのような、「KY(空気読めない)態度」をとったりする人もいます。「質実謙虚」を失ってしまうのです。その結果、「お客様」を失うことになりかねません。

 常に質実謙虚であることを社員に求めた幸之助氏は、もちろん自らが、その実践者でした。こんなエピソードがありました。

「お客の現場」重視の顧客満足

 1970年に大阪で開催された「日本万国博覧会(万博)」の会場内に設けられた「松下館」を幸之助氏が訪れたとき、館長はVIP専用口に案内しようとしました。

 パナソニック・グループの頂点に立つ人の訪問ですから当然なことで、館長の判断が間違っていたとはいえません。

 しかも幸之助氏が来館したときには、入館のために2時間も待つ長蛇の列が正面入り口前にできていました。そんな混雑した入り口からはいってもらうのを恐縮したのかもしれません。

 しかし、幸之助氏はVIP専用入り口からの入館を頑なに拒否しました。そして、その長蛇の列の最後尾に並び、じっと2時間、順番がくるのを待ったのです。そして、やっと入館したとたん、彼は館長にいったそうです。

「暑いなかを並んでいる人のために、屋根のひさしをつけなさい。そして、紙の帽子をつくって配りなさい」

 実際に並んだからこそ、その暑さを実感できたのです。ただ実感しただけでなく、「お客様のために何ができるか」と、2時間並んでいるなかで幸之助氏は考えたのです。

 そして、ひさしと帽子という発想が浮かんだ。もちろん、それは、すぐに実行されました。松下館に並ぶ来訪者は、ひさしと帽子のおかげで、少しは暑さをしのぐことができました。

 その気配りのおかげで、パナソニックのファンは少なからず増えたはずです。何でも数字にしないと気の済まない傾向がある最近なら、極端な話かもしれませんが、帽子に使った金額に見合うだけの売上増があったかどうか確認しろ、という人も万に一ついる可能性もあります。

写真―2「常に現場と顧客満足を重視する松下幸之助氏」
常に現場と顧客満足を重視する松下幸之助氏
 写真提供:パナソニック コーポレート・コミュニケーション本部 広報グループ

数字では計りきれない、顧客満足

 さらに言えば、その前に「帽子に使う金額に見合うだけのリターンがあるか証明しろ。そうでなければ、帽子をつくる許可はだせない」というような現場の責任者が、もしかしていないとも限りません。売上に直接結びつかないことにコストをかけたくないのが、一般的ないまの状況だからです。

 しかし帽子でパナソニックのファンになり、その人がパナソニックの製品を買ったかどうかなんて調べようがありません。冷蔵庫を買おうとして、「そういえば万博に行ったとき、あそこの気配りはいきとどいていたな。ああいうところの製品なら信頼できるだろう」ということで購入につながる可能性もあるからです。

 そもそも、気配りを数字化することは難しく、無意味といってもいいです。計算尽くでないからこそ、ファンになってもらえるのです。また、それを期待していてはお客様から見透かされます。

 そして、ファンになってもらえる気配りの発想は、現場に行かなければ浮かんできません。自分の椅子にふんぞりかえっていては、気配りなどできるわけがありません。

 「大をなすとも常に一商人」の心構えがなければ、現場にでかけていくことも、気配りをすることもできません。顧客を満足させることなどできないのです。

 顧客満足は「一商人」の心構えによって獲得できるものであり、その「一商人」の神髄は「質実謙虚」につきるのです。

参考文献
株式会社プリンスホテル広報室提供資料
高野登『リッツ・カールトンが大切にするサービスを超える瞬間』かんき出版、2005年
水尾順一『逆境経営 7つの法則』朝日新書、2009年
パナソニック コーポレート・コミュニケーション本部 広報グループ提供資料
ザ・リッツ・カールトン・ホテル ホームページ

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