1.プライベートブランドに積極投資、サンドラッグ
●研究開発は、売上・利益の源泉
企業経営では、売上や利益が苦しくなると経費節減で事業の見直しや、不採算部門の撤退などが行われますが、あまりにも縮小均衡ばかりを重視すると販売のロスやビジネスチャンスを失う場合もあります。
一方、「カネを惜しまず」に、時には効率を無視した戦略が功を奏する場合もあります。
ドラッグストア業界で第3位のサンドラッグ。2013年3月期も5.3%の増収で、1957年の創業以来56年もの間増収を続けています。
図表-1 創業以来、増収増益を続けるサンドラッグ
サンドラッグホームページより引用
業績が好調な秘訣の一つに、薬、雑貨を中心として170アイテムを越えるプライベートブランド(PB)の開発があります。同社ではPB商品の研究・開発にはカネを惜しまず、「生きたお金は、積極的に使うべし」との方針がうかがえます。すでに20年以上前から取り組み、その多くが各商品カテゴリーのトップブランドになっているほどです。
ドラッグストア業界は、熾烈な競争が繰り広げられています。ちょっとでも油断すれば、近くに新しいライバル店が出店し、安売り合戦で利益を失い、逆境に追い込まれて閉店ということも珍しくありません。だからこそ、ちゃんと儲けのあるプライベートブランドが必要になるのです。しかし、普通にしていては安くて品質の良いプライベートブランドは簡単には生まれません。
●社員間が競争し、売れるプライベートブランドを開発
資生堂やカネボウ、花王など、ナショナルブランド(全国的に有名なメーカーブランド)の化粧品を「30%引き」で安く売ることで、多くのお客を店に引き付けます。その上で、店に来たお客に対して、今度は関連販売などでPB商品を売って利益を稼ぐ、これが同社の「売れる・儲かるビジネスモデル」なのです。
同社におけるPBの開発は、他のドラッグストアとは格段の差があって、圧倒的な品質と数量で、同社が誇る売上高経常利益率(常に業界1位か2位)の主たる要因なっています。
同社の才津達郎社長と以前対談をしたことがありますが、そのときにもPBは同社の命だともいっていました。
ところが、同社におけるPBの開発は、同じ機能や働きをもつブランドを複数の部門で開発し提案させます。社内で競争原理を導入し、互いに切磋琢磨することで、高品質でありながら利益率が高いPB製品を開発するのです。
複数の部門で同じようなPBを開発することは人や開発費の効率を考えれば無駄なことです。一般的には一つのPBに集中させるのが効率的ですが、同社では開発当初から競争原理を導入させ、しかも発売後も競わせることが同社の売上げや利益が伸びる原動力となっているのです。
業績が悪化するとついムダの排除や経費の削減になりがちですが、開発したPBに責任をもって、収益を向上させる仕組みも効率以上にうまくいく場合もあるのです。
2.積極的M&A(企業買収)でシェアを拡大、UCC上島珈琲
●小が大を飲み込む
100年に一度の不況期といわれた数年前、いろいろな業界で不採算部門を他社に売却し、本業に専念するところが増えました。たとえばシティーバンクのように、2007年に買収したばかりの日興コーディアル証券をすぐに手放したところもあるほどです。
しかし、事業の売却は、逆の見方をすれば引き受け先があるからできるのであるからこそ可能なのです。買収する企業にとってみれば100年に一度の不況は、売却先も資金繰りに瀕している場合が多く、買収のための投資費用も少なくてすみます。ということは、今は100年に一度のM&Aのチャンスなのです。
たとえば、ここに示すUCC上島珈琲は、コーヒー豆の製造から最終のコーヒー飲料の販売まで行う会社ですが、いまこそチャンスとばかりにM&Aをしかけました。
当時、UCC上島珈琲はコーヒーショップの国内店舗数では300店で業界第5位にありましたが、2008年5月に大手喫茶店チェーンで業界3位の「珈琲館」(国内350店)を買収し、合計650店となり、業界3位におどりでました。いわゆる小が大を飲み込んだのです。
●将来を見据えた成長戦略
同社は、末端のコーヒー飲料市場を強化することで、市場の拡大を期待したのです。そこにはコーヒー豆製造メーカとして、最終ユーザーであるコーヒーユーザーとの接点をふやすことで、コーヒー豆の需要そのものも増加させるという相乗効果を期待するねらいもありました。
市場が冷え込み厳しい状況下ではありますが、団塊の世代が退職期を迎え、余暇時間の増大とともに、ゆったりとした時間の中でコーヒーを楽しむ世代が増えることもこのM&A戦略の前提にはあったのです。
図表-2 実が赤く色づき始めたコーヒーの木
<2012年8月 筆者撮影>
一般的にはM&Aや新規ビジネスへの参入には多額の資金を要します。一時は流通業界の寵児とまでいわれトップを君臨したダイエーのように、M&Aや新規ビジネスへの参入をつうじて事業を拡大して、会社そのものが傾くというような事例もあります。
そうした中であっても、将来を見据えて本業との相乗効果を期待して、将来のために「カネを惜しまず」、積極的的な拡大を図ることも100年に一度のチャンスだから可能なのです。UCC上島珈琲は、メーカと小売の相乗効果を狙いながらコーヒー産業そのものの成長戦略を描こうという、深遠膨大な戦略を実践したといえます。
3.効果的な宣伝に集中投資、資生堂
●6人の「TSUBAKI」女優が舞い降りた
2006年3月30日、原宿の表参道ヒルズに大物女優がズラリと顔をそろえました。上原多香子、竹内結子、田中麗奈、仲間由紀恵、広末涼子、観月ありさ、と日本を代表する女優たちばかりです。
資生堂のシャンプー・リンス「TSUBAKI」の発売記念イベントのことで、その商品キャッチコピー「日本の女性は、美しい」にふさわしい顔ぶれでした。
これだけの女優を起用したのはイベントの場だけではありませんでした。テレビCMをはじめとする広告にも起用しています。
一人だけではありません。イベントに顔をそろえた女優、全員を起用したのです。トップ女優を一人だけ起用するにしても相当のギャラが必要なのに、これだけの顔ぶれをそろえたのですから、そのギャラだけでもたいへんなものです。
実際、サンプルの配布や広告、イベント、そして女優たちのギャラまでふくめると、このキャンペーンに資生堂は50億円を投じたといわれています。
しかし、その効果はてきめんで、発売からわずか1カ月で、「TSUBAKI」はシャンプー・リンス市場のシェア(市場占有率)でトップに躍りでるのです。発売前の資生堂全体のシェアは14%前後でしかありませんでしたが、「TSUBAKI」の発売から3カ月後には24%を占めるまでに大きく拡大しています。
もちろん商品自体の素晴らしさもありますが、それに劣らないイメージづくりが功を奏したわけです。
2013年10月現在では、赤・白・金の「TSUBAKI」にまでブランド拡張がはかられ、ヘアケア製品の中心的ブランドとなっているほどです。
●創業の精神を大切に
資生堂の創業者で、父である福原有信氏から事業を受け継いだのが信三氏は、資生堂に「意匠部」を発足させます。1915年のことでした。当初から一流デザイナーを集め、アールデコやアールヌーボなどフランスで最先端の芸術を取り入れながら独自のスタイルにブラッシュアップしたポスターなどで話題をさらいます。この意匠部が現在の宣伝部になっていくのですが、斬新さと独自性を追求する宣伝スタイルは、現在も脈々と受け継がれています。
ここから多くのデザイナーや写真家、コピーライターが輩出されていますが、日本のグラフィックデザインの黎明期における先駆者の一人といわれる山名文夫氏も、その一人です。彼は、意匠部が「宣伝部宣伝制作室」と名前を変えたときの初代室長を務めました。その彼が、『資生堂宣伝史』のなかで次のように述べています。
「私は、福原信三の口から一度ならず?RICH?ということばを聞きました。豊かさということが氏の指導精神でありました。卑俗なもの、貧弱なものに背を向けました。こうして福原信三は、経営の重要なポリシーの一つとしてデザインをとりあげ、むしろそれに優位を与えようとしたとさえ思います。それが今日まで大切に守られ、資生堂調といわれるニュアンスが常に失われることがなかったゆえんだといえます。デザイン・ポリシーは経営の理念そのもので、表現の仕事はその理念の開花だといってもよいでしょう。一世紀もの長い間、人も変わり組織も変わり、デザインも時にメイクアップも変えながらも、あるイメージを伝えてきているのは、創業者のビジョンが今も生きていて、デザインの根にあるからであろうと思います・・・」
図表?3 山名文夫氏のデザインによるイラスト
資生堂「花椿カレンダー」イラストレーション 1955
出所:資生堂企業文化部編『山名文夫生誕百年記念作品集』株式会社資生堂発行、株式会社求龍堂発売、1998年4月15日, p.105
協力:資生堂広報部
DNAの伝承には「カネをけちらない」
それは、現在も、なお、変わってはいません。逆境になると、「ムダなもの」への出費を抑えようとするものです。それ自体は間違いではないし、当然といっていいくらいです。問題は、何を「ムダなもの」として考えるかにあります。
とかく、そういうときに、デザインは軽視されがちです。逆境になると、デザインに、できるだけカネをかけないようになるものです。
それによって、?RICH?とはほど遠い製品になってしまいます。そんなものが、消費者に受け入れるわけもありません。逆境は、ますます深刻になっていくだけのことです。
デザインと、そこから始まるイメージづくりを重視する経営姿勢を、資生堂はDNAとしてもっています。だからこそ今日の資生堂があるし、そのDNAが「TSUBAKI」でも発揮されたわけです。
だからこそ、大成功をおさめたのです。ここから学ぶべきことは、消費者に自社製品を受け入れてもらうには?RICH?が必要で、そのためには、カネを惜しんではいけない、ということです。
参考文献
「UCC上島珈琲 スタバを超える大胆出店」『日経ビジネス』日経BP社、
2008年10月6日号、pp.29-30
飯島 梓「サンドラッグ、"内戦"で磨く安さと利益」『日経ビジネス』日経BP社、2008年11月24日号、pp.44-46
株式会社資生堂『資生堂百年史』1972年
株式会社資生堂『資生堂宣伝史』1979年
資生堂企業文化部編『山名文夫生誕百年記念作品集』株式会社資生堂発行、
株式会社求龍堂発売、1998年
高津晶「IMCから見たTSUBAKIのメガブランド戦略」『読売ADレポートOJO』2006年7・8月、
福原義春『文化資本の経営』ダイヤモンド社、1999年
水尾順一『逆境経営 7つの法則』朝日新書、2009年
サンドラッグホームページ
UCC上島珈琲ホームページ
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